蛇覚書

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トカラハブ

和名:トカラハブ
学名:Protobothrops tokarensis

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の淡色型と暗色型

fig.01:濃淡の差
鹿児島県小宝島産

毒性

有する。

全長

成蛇/60cm〜100cm
幼蛇/30cm

分布

国内/鹿児島県の小宝島、宝島
国外/無し

色彩・斑紋

地色は淡〜濃茶褐色で、胴体には茶色い環状の斑紋が並ぶ。(fig.01〜04)
皮膚の色は淡色型、中間型、暗色型のいずれも白い。

眼から上顎後端に向かって、細い黒線が緩いカーブを描いて入る。(fig.05、06)
虹彩は淡茶褐色で、瞳孔の縁は白く、形は縦長の楕円。(〃)
ただし暗色型は眼線が不明瞭で、虹彩の色が若干濃い。(fig.07)

幼蛇の場合でも、成蛇と色彩や斑紋は同じ。(fig.08)
また尾部は全体的に褐色味を帯び、環状斑が密度高く入る。(fig.09)
腹側の地色は淡茶色で、褐色の小さな斑紋が散在する。(fig.10、11)
ただし暗色型は腹側も茶色く、斑紋は目立たない。(fig.12)

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の色彩(淡色型)

fig.02:淡色型
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の色彩(中間型)

fig.03:中間型
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の色彩(暗色型)

fig.04:暗色型
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型の眼線と虹彩

fig.05:眼と眼線(淡色型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)中間型の眼線と虹彩

fig.06:眼と眼線(中間型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)暗色型の虹彩

fig.07:頭部(暗色型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の幼蛇(淡色型)

fig.08:幼蛇(淡色型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型の尾部

fig.09:尾部(淡色型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型の腹面

fig.10:腹面全体(淡色型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)中間型の腹面

fig.11:腹面(中間型)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)暗色型の腹面

fig.12:腹面(暗色型)
鹿児島県小宝島産

色彩変異

島内で見られる個体の多くが、俗に言う白ハブ、つまり淡色型である。
赤っぽい中間型や、遠目だと黒く見える暗色型は、たまに見かける程度である。

小宝島で毎年250匹程度を捕獲、駆除している方に色彩型の比率を伺ったところ、
淡色型が4/5、中間型と暗色型がそれぞれ1/5程度の割合で出現するという。
この比率は、永井(1928)が行った孵化実験で得られた淡色型と黒色型の比率と概ね一致する。
また、本種の色彩型は上記の通り大きく分ければ三パターンであるが、
茶色味が強い淡色型や、色黒な中間型なのか色白な暗色型なのか判別がつかない個体も居る。(fig.13〜15)

また島内で俗に「黒ハブ」と呼ばれる色彩型は、実際には黒色ではない。
皮膚の色は前項で述べた通り淡色型とほぼ同じで、鱗は小豆のような暗い茶色である。
少なくとも筆者は、真っ黒いトカラハブを一度も見た事が無い。
従って「黒ハブ」や「黒色型」、「黒化型」などの名称は誤解を招くと思われるので、
当サイトでは「暗色型」と統一している。

褐色味の強いトカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型

fig.13:茶色味が強い淡色型
鹿児島県宝島産

褐色味の強いトカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型の腹面

fig.14:茶色い淡色型の腹面
鹿児島県宝島産

中途半端な色彩のトカラハブ(Protobothrops tokarensis)

fig.15:中途半端な色彩の個体
鹿児島県小宝島産

黄色型

宝島、小宝島の両島で記録がある色彩型で、正確な発生確率は不明。
現地で俗に「金ハブ」と呼ばれるこの色彩型は絶対数が多くない様で、
両島のハブ捕り人、住民達は口を揃えて「滅多に見ない」と仰られていた。
それでも筆者は両島でそれぞれ一度ずつこの色彩型を見ているので、
探すと居ない法則さえ発動しなければ、あるいは・・・。

地色は淡黄色ないし鮮やかな黄色で、鱗だけでなく皮膚自体も黄色い。(fig.16、17)
基本的な斑紋パターンは他の色彩型と同じだが褐色味はやや薄く、
環状斑や眼線などが途切れる事がある。(fig.18〜20)
また腹面や虹彩も黄色いが、尾部の先端は褐色味が強くなる。(fig.21)

本種と同属であるホンハブやサキシマハブにも時々黄色い個体が出現するので、
日本国内の在来ハブ属は全て、多かれ少なかれ黄色くなる遺伝子を持っているのだろう。

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の黄色型

fig.16:黄色いトカラハブ
鹿児島県宝島産

黄色いトカラハブ(Protobothrops tokarensis)の腹面

fig.17:黄色型の腹面
鹿児島県宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)黄色型の途切れる環状斑

fig.18:途切れる環状斑
鹿児島県宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)黄色型の腹面の斑紋

fig.19:腹面拡大
鹿児島県宝島産

黄色いトカラハブ(Protobothrops tokarensis)の虹彩と途切れる眼線

fig.20:途切れる眼線
鹿児島県宝島産

中途半端な色彩のトカラハブ(Protobothrops tokarensis)

fig.21:褐色味を帯びる尾部
鹿児島県宝島産

体鱗列数は胴体の中央付近で31列、または33列。

体鱗の基部から先端にかけてとても強いキールが見られる。(fig.22)
また、体鱗の先端には一対の不明瞭な鱗孔が見られる。(〃)
キールによって体表面がややざらつく。手触りは滑らか。(fig.23)

木登りは頻繁に行うが、腹板に側稜は見られない。
頭部背面の鱗は細かく、咽喉部は皮膚が一部露出する。(fig.24、25)
肛板は一枚で、尾下板は対を成して並ぶ。(fig.26)

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型の体鱗(生体)

fig.22:体鱗
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)淡色型の体表面(生体)

fig.23:体表
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)頭部背面の鱗(淡色型)

fig.24:頭部背面
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の下顎(淡色型)

fig.25:下顎腹側
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の肛板と尾下板(淡色型)

fig.26:肛板と尾下板
鹿児島県小宝島産

上顎前方の両側にある、一対の牙から毒を出す。
眼と鼻の中間にはピット器官があり、外敵や獲物の体温を捉えることが出来る。(fig.27)
毒牙の全長は9mm程で、普段は口腔内部に折り畳まれている。(fig.28)
また、毒牙は管状構造になっており、先端部の穴から毒液が出される。(fig.29、30)
fig.29、30は、生体から自然脱落した上顎左側の毒牙。写真横の一目盛は1mm。)

本種の毒性について、様々な書籍や論文などで"弱毒"と記されているが、
これはあくまでも「致死性が弱い毒」という意味であり、咬まれても軽症で済む毒という意味ではない。

小宝島では子供が竹藪へ遊びに入った際に首を三度咬まれ、患部が大きく腫れて気道を圧迫し、
喘息持ちであったことも災いして呼吸困難になり、夜間に(はしけ)を出して救急搬送した例があるという。
また、咬まれても受傷部が全く腫れないケースや、患部がうっ血して紫色になり、
腫れが引くまでに10日を要した場合もある等、咬傷後の経過は一様ではない。
沢井ほか(1967)が記録した十二症例でも、咬症の治癒に要した期間は2〜30日と大分ばらつきがある。

本種の生息地には常駐医がおらず、天候によっては海路、空路共に閉ざされる僻地である。
そのため、重症化した場合に必ずしも搬送や治療が受けられる訳ではないので、油断は禁物である。
なお、本種の毒に対する抗毒素は製造されていないため(2019年調べ)、
咬まれた場合は基本的に、島内の診療所で対症療法が施される点にも留意すべきだろう。

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)のピット(淡色型)

fig.27:ピット器官
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の毒牙と腹牙(生体)

fig.28:毒牙(生体)
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の毒牙(標本)

fig.29:毒牙の長さ
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の毒牙先端(標本)

fig.30:毒牙の先端
鹿児島県小宝島産

壊死と後遺症が発生した一例

トカラハブ咬症で患部が壊死して左手に麻痺が残った例について、
ご本人とそのご家族、傷の具合を見たハブ捕りの方から直接聞き取りを行った。
聞き取りは2019年に実施し、壊死が発生した三度目の咬症はそこから更に数年前に起こった事ゆえ、
時系列が不正確(特に症状が出た日数、他)と思われる点に注意。

年齢70代、男性。
既往症、心臓疾患とそれに伴う手術経験あり。術後、トカラハブ咬症を三度経験。
過去に左手指を咬まれた際は少し腫れたものの約3日で完治。
同じく昔、左足を咬まれた際は7日〜10日で完治。

三度目の咬症は2013〜2015年の8月頃(推定)に発生。
農作業後に帰宅して左腕の痛み、指先から肩にかけての腫れに気がつく。
腕を調べると同上腕部(肘から1〜2cmほど上)に牙痕1つを認め、トカラハブ咬症を疑った。
咬まれた瞬間は不明で、左腕に農作業用の保護具(金属製)を着用していたため、牙痕が一対にならなかった様である。

受傷当日の夜から特に痛みが強くなり、寝付きが悪かったのでロキソニン錠を経口摂取した。
これは受傷初日から約3日間、凡そ6時間毎に摂取したが、痛みが和らぐ事は無かったそうである。
また治癒効果を期待して患部にアロエを塗る。(塗った時期、範囲、回数などは不明。)
受傷後2日目、依然として痛みがあり、患部の赤味が強くなって前腕部に水泡が出来る。
同日、島内の診療所で受診し注射を打たれる。
(ご本人は痛み止めの注射と仰っていたが、セオリーでは破傷風の予防接種か?)

受傷後しばらく経過しても症状が一向に軽快しないため、現地のハブ捕り人に傷を見てもらい、
(ハブ捕りの方曰く、咬まれてから2週間後位に相談を受け、
患部が黒くなって壊死している様に見受けられたため)早急に島外の病院での治療を勧められる。
そのため鹿児島本島へ向かおうとしたが運悪く台風接近によりフェリーとしまが欠航、
1週間ほど島に閉じ込められる。強風のため、当然空路(緊急用のヘリコプター)も使えない。

咬まれてから7〜10日(実際は少なくとも3週間は経過していたのではないか?)ほど経過して島から脱出し、鹿児島本島の病院を3ヶ所受診。
1、2番目の病院では左腕(肘から下)を切断すると言われ、3番目の病院で切断を避けて治療に臨む。
その病院で壊死した部分を切開、除去したところ、前腕から死んで液状化した組織が大量に出てきて骨が目視可能となる。
処置後、腕の治療とリハビリのために同病院へ約3ヶ月入院。
傷は無事に塞がったが大きな瘢痕となり、第三指から第五指まで痺れ(後遺症)が残る。(fig.31)
治療して間もない頃は左手を上手く動かせず、数年経過した今でも細かい作業は難しいそうである。

咬まれた部位と壊死した部位が一致しない、少し変わったケース。
壊死はアロエ塗布による感染症ではないかとの話もあったが症状の出方から察するに、
十中八九、トカラハブ毒の作用による腫脹、血液循環不良による壊死と思われる。
聞き取りは宝、小宝の両島で行ったが、後遺症が残ったのはこの一例だけが記録できた。
(後遺症が残らない壊死は時々発生する様で、特に咬まれる前後に飲酒した人はその傾向が顕著である。)

トカラハブ咬症で壊死した患部の治療痕

fig.31:患部を塞ぐ瘢痕と切開痕
島名非公開

島で語られる死亡例

トカラハブ咬症による死亡例について、宝及び小宝島で2019年に島民から聞き取りを行った。
ご遺族から直接お話を伺った訳ではなく、また40年以上前に起きた事なので正確性に欠けるが、
話を聞く限りだと恐らく直接の死因はトカラハブ毒による作用ではなく、破傷風の様である。

・死亡例1
1974年(昭和49年)頃、男性。年齢と既往歴は共に不明。一週間の内に二度咬まれる。
一度目の受傷部位は不明で、これは特に悪化しなかった様である。

しかしその数日後、再び足をトカラハブに咬まれる。
小中学校の運動会があった日に飲酒した状態で咬まれ、
全身性の強い浮腫が現れて衣服の脱着が物理的に困難となり、
密着したこれを島の看護士がハサミで切開し剥がしたとの事。また二度目の受傷後に再び飲酒。

亡くなる前日の見舞い時には会話が出来ており比較的元気に見えたが、
両足には強い浮腫があり、患部はうっ血して紫色。
ご本人は「もう大丈夫、明日から仕事に行ける」と話されていたが翌日、胸の不調を訴え急変し亡くなる。

・死亡例2
発生した年代、職業、性別が一致しているので恐らく例1と同一人物と思われるが、
別の人が語った内容なので、一応分けて記載する。

トカラハブ咬症による強い浮腫はあったようだが直接の死因は破傷風で、
受傷から暫く経って痙攣が見られる様になったので、奄美大島から薬を飛行機で輸送。
当時はヘリが無く、また島に滑走路が無いため飛行機は着陸出来ず、
薬品にパラシュートを付けて投下したが手遅れであったそうである。

亡くなられた方がトカラハブ咬症後に田畑で土いじりをされていたとの証言や、
咬まれる事を気にせずにハブ捕りをしていたとの証言などもあるが、その真偽は不明であり、
また本当に咬傷由来の破傷風だったのかは今となっては確かめようもないだろう。

同一の方が8〜9回咬まれた例

咬まれては治り、咬まれては治りを繰り返し、それがご本人のカウントで8〜9回に達した例がある。
こちらも2019年にご本人から直接聞き取りを行った。

咬まれる度に症状が重くなったり、アレルギー反応が出たりする事は一切無かったそうである。
ただし最後に左足を咬まれた時は腫脹が数十分で酷くなり、
ズボンが物理的に脱げなくなったので、これをハサミで切断して剥がしたとの事。
またその後は一ヶ月ほど嘔吐、下痢、食欲不振などが酷く続いたそうである。

トカラハブに何度か咬まれた方の話は両島で普通に聞くが、
不思議とアナフィラキシーが起きた例は聞かない。

生態

待ち伏せ索餌型で、ネズミ類や鳥類、爬虫類、両棲類などの小型脊椎動物を食べる。
宝島に比べて餌資源が貧弱で、ネズミ類や両棲類が生息しない小宝島の個体群は屍肉食性がある。
島民による目撃例では、車に轢かれて死んだエラブウミヘビの幼蛇を拾い食いする姿や、
生魚の解体時に生じた内臓を庭先に放置したところ、それを呑む姿などが観察されている。

また本種は夜行性傾向を持つが、照度が低い場合は日中でも活動する。地表棲、樹上棲。(fig.32、33)
個体によってはお気に入りの枝とそこまでの道順を記憶しているため、
連日決まった場所で、獲物を忍耐強く待ち続ける姿が観察できる。

咬み付く場合を除いて動作は緩慢で、体の力が弱く、逃げ足は遅い。
ただし逃走時には遮蔽物を上手く活用するので、スピードの遅さは問題にならない。

また宝島の個体群は、捕獲すると青臭い防御臭を出す。
この臭いはアオダイショウ(Elaphe climacophora)の分泌する防御臭と非常によく似ており、
アオダイ臭を60%程度に希釈した臭いである。
但し小宝島の個体群は何故かこの臭いを出さない。餌資源が違うからなのだろうか?

日中に活動するトカラハブ(Protobothrops tokarensis)

fig.32:日中も活動
鹿児島県小宝島産

高みの見物を行うトカラハブ(Protobothrops tokarensis)

fig.33:樹上から様子を窺う
鹿児島県小宝島産

生息環境

本種の主な生息環境は森林や竹林であるが、草地や石垣、畑や路上等、様々な場所に現れる。(fig.34、35)
小宝島よりも宝島の方が明らかに本種の生息密度が高く、
昼夜問わず側溝や林道脇に現れるため、そういった場所には絶対に近寄らない事。(fig.36、37)

さらに、稀にではあるが海辺の洞窟内に出没したり、ネズミを求めて家屋内に侵入したりする。
また本種の体色は、木竹の落葉や枯れ枝に溶け込んで同化する、優れた保護色である。(fig.38〜40)
色彩型は三系統あるが、いずれの色も環境によく馴染むため、視認性は極めて悪い。

草地に出現したトカラハブ(Protobothrops tokarensis)の淡色型

fig.34:草地で竹に乗る個体
鹿児島県小宝島産

路上に出現したトカラハブ(Protobothrops tokarensis)の淡色型

fig.35:路上に現れた個体
鹿児島県宝島産

昼間の側溝で待ち伏せるトカラハブ(Protobothrops tokarensis)の暗色型

fig.36:日勤の個体
鹿児島県宝島産

夜の側溝で待ち伏せるトカラハブ(Protobothrops tokarensis)の暗色型

fig.37:夜勤の個体
鹿児島県宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の保護色(淡色型)

fig.38:淡色型の保護色
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の保護色(中間型)

fig.39:中間型の保護色
鹿児島県小宝島産

トカラハブ(Protobothrops tokarensis)の保護色(暗色型)

fig.40:暗色型の保護色
鹿児島県小宝島産

俗説・迷信

「トカラハブは現地の人々に殆ど、もしくは全く恐れられていない」という話を耳にするが、
これは生息地での観察(トカラハブの取り扱い)経験が無いどころか、
実地での聞き取りすら一切行っていない人物が書いたであろう、馬鹿げた妄言である。

「茂みには絶対に入るな」
「道の真ん中を歩け」
「夜間外出の際は必ず明かりを持て」

等々の話は、島に住んでいれば幼少の頃から耳にタコができるほど言い聞かされた事だろう。
そもそも玄関の戸を開けてコンニチワする毒ヘビを全く警戒しないなんて事は、あり得ない話である。
そして先の項目でも述べたが症状は必ずしも軽い訳ではない。

実物と対峙しなければ何とでも言えるが、本種は運動神経がずば抜けて優れている上に毒を持ち、
観察力が鋭く頭もキレるので人間の動きを先読みし、また保護色で巧みに身を隠すので、
本種は宝島、小宝島の両島民から相当に警戒されており、また嫌悪されている生物である。

生物全般、とりわけヘビの分野では、実物を見ずに机上の空論を語る輩と、
自らヘビに先制攻撃を加えておきながら、いざヘビに反撃されて咬まれると、
自分の事は棚に上げてこの種は気が荒いだとか、攻撃的だとか筋違いのたわ言を抜かす輩、
また過小でも過剰でもなく「適切に恐れる」事こそが人とヘビ双方の平穏を守る要であるのに、
他者の恐怖心を煽って正しい知識の普及を妨げ、矮小な自尊心を満たそうとする輩などが幅を利かせている。

ヘビにまつわる情報の殆どが、先に挙げた馬鹿三大勢力によって捩じ曲げられ誇張されたデマであり、
さらにその記事を引用、出典の名目でコピーした記事が量産される事で誤解が急速に拡散し、
時に人命に関わる情報にすら嘘が含まれる事(その一その二)がある、
病的な自己顕示欲にまみれた異常な分野である。
情報を鵜呑みにする前に、どんな人物が書いているのかをよく考えて騙される事が無いよう、ご注意願いたい。

密猟事件の概要及び
島に対する影響について

2018年7月19日、奄美空港でアマミイシカワガエル2個体、アマミハナサキガエル2個体、オットンガエル2個体、
トカラハブ9個体、ムラサキオカヤドカリ5個体等を含む19種70個体が入ったキャリーバッグが発見され、
後日(2019年4月7日)、有限会社ティーアールシー/爬虫類倶楽部中野店の店長である天野利光容疑者と、
東京都練馬区石神井台一丁目、フリーライターの園部友康容疑者(ペンネーム・奥山風太郎)が、
種の保存法違反、文化財保護法違反、動物愛護法違反、鹿児島県文化財保護条例違反、
字検村希少野生動植物保護条例違反の容疑で逮捕される事件があった。

天野容疑者が勤めていた爬虫類倶楽部グループは、後に公式コメントを発表。
爬虫類倶楽部は本件に一切の関係が無いとし、同容疑者の逮捕直後に行われた販売イベントに、
「主催者の意向がある」として自粛をせずに参加している。

爬虫類倶楽部 中野店ブログ
弊社社員の逮捕についてのお詫び
http://blog.livedoor.jp/hachikura_nakano/archives/52088923.html

そして同時期に筆者は宝島と小宝島へ、トカラハブの撮影及び咬症に関する聞き取り調査、
また水棲甲殻類を調べるため、事前に組んだ予定通りに行ける旨を宿泊先へ連絡したところ、
「爬虫類関係者は宿泊をお断りしている」というお返事を頂いた。
焦りつつ宿の方から詳しくお話を伺ってみると、二人を逮捕した東京都千代田区の万世橋警察署から、
「そういった分野の人間を泊めないようにして欲しい」との強い要請があった事が判明した。

筆者の場合は渡航三日前に宿泊先と警察署(各複数回)、島の宿泊施設全てに連絡(各一回)を行い、
宿の方に来島歴を考慮して頂き、紆余曲折した交渉の末かろうじて宿泊の許可を頂けたが、
島の一部の方は本件のせいで多大な迷惑を被ったそうであり、それはもう激怒しておられた。
十島村では過去にテンバイ(海浜植物)や昆虫の商業的な密猟が発生し、
結果として現在はどちらも採集禁止になっている。
今後、事件の影響で十島村において爬虫類の採集が禁止されるにしても、そうでないとしても、
宝島や小宝島の場合は宿泊施設が連携すれば爬虫類関係の人間を締め出す事は極めて容易だろう。(fig.41)

事件の影響で設置された宿泊施設の掲示物

fig.41:とある宿の掲示物
島名非公開
電話番号は万世橋警察署の代表番号です。

そしてこの事件が報道されると、爬虫類業界の大手が関わった大事として、SNSを中心に様々な意見が飛び交った。
事件に驚いたという声、爬虫類業界の品位が下がるという声、真っ当な愛好家の肩身が狭くなるという声。
これで浮き彫りとなった事は、容疑者達にしろ外野で批判している人にしろ、
爬虫類分野の人間は誰も彼も自分の事しか考えていない、という一つの事実である。

爬虫類分野、爬虫類業界の者は動物を人間の都合で好き勝手にする、
欲にまみれた業の深い者の集まりである。これに一切の例外は無い。
この文章を起こしている筆者もその内の醜悪な化け物に過ぎないのだと自覚している。
筆者は 野生のヘビ達を撮影するために失禁や嘔吐をする程のストレスを与えたり、
時には さしたる意味も無く、人を全く傷付けていない、健康なヘビを殺してしまった事もある。
もしこれを人同士の法令に照らし合わせるなら、筆者は肖像権侵害、誘拐、監禁、暴行、殺害犯等に該当する。
また世間の飼育趣味者であれば誘拐、密輸、人身売買、監禁、暴行犯等といった所だろうか。

爬虫類分野の人間に圧倒的に欠けているものは「欲を抑える自制心」、
そして「動物の視点に立って考える能力」の二点であると、筆者は感じている。
我々に言い訳は必要無い。世間から後ろ指をさされるのは当然の事として受け止めねばなるまい。
金で動物を受け渡し、流通経路の証明を義務付ける法整備に注力する訳でもなし、
ひたすら出所が判然としない動物をガラスの中に閉じ込め、自室で消費する。
それを批判するにしろ筆者は結果的に動物を延々と、延々と、延々と傷付け続けている。

屍骸の山の上に胡坐をかいて幸せを感じる怪物が徘徊するこの地獄を終わらせるのに、どれ程の命を消費しなければならないのか。
その間にいったい何種の動物がこの世界から絶滅するのか。
日本人が奪った爬虫類相が世界各地の生態系から失われるダメージは、想像も出来ないほど様々な生物に影響を与える。
この上ない苦痛と共に人知れず消えてゆく生物達に、いったい何をすべきなのか。

迷う所も多くあったが、この事件を風化させず伝える事が必要だと思い、筆者はこれを記した。
どうか一人一人が自分に言い訳をせず、この件についてもう一度、様々な角度から考え直してみて欲しい。

筆者より

普通、野生動物は警戒心が強く、何度も人間に捕まるようなヘマはしないものだが、
どんな動物でもドン臭い奴は居るもので、数日置きに三回捕獲された残念なハブがいる。

その個体は全長が1.1m程で、体に複数の古傷はあるが健康状態に問題は無く、
食い意地が張っているのか、毎日樹上に現れては鳥を待ち伏せていた。
しかし一向に狩りは成功せず、2〜3日すると数m離れた別の場所へ移動し、
そのたびに別個体だと勘違いした筆者に捕まるというパターンを繰り返した。

古傷が見えれば何度も捕らぬよう配慮できるのだが、出た枝によってはそうもいかず・・・。
結局、三度目の捕獲時には「しつこい」と言わんばかりの表情で、大変お怒りに。(fig.42)

また、このようなハブにとっては傍迷惑な、筆者にとっては素敵な出逢いがあったのは、
(筆者が折れず仕方なく)リリースを黙認して下さった島の方々のおかげである。
さらに、本種に纏わる興味深いエピソードを聴かせて下さったり、
撮影にご協力戴いた島の皆様に、この場を借りて心より御礼申し上げる。

再三の捕獲にキレるトカラハブ(Protobothrops tokarensis)

fig.42:ご立腹の表情
鹿児島県小宝島産

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