蛇覚書

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ヒメハブの液浸標本

1) 
経緯

2013年2月1日の夜間に、沖縄本島の某所を歩いていたところヒメハブを発見した。
2月にヘビと遭遇できる沖縄の気候に感動しつつ捕獲。
しかし出現した場所が住宅地の近くであったため、近隣の方々と相談し、
元いた場所へのリリースが難しかったため、液浸標本にすることにした。

2) 
はじめに

本来ヘビの長期保存を目的とした液浸標本を作る際は、10%ホルマリン水溶液を固定液として用いる。
また、固定液を迅速に体内へ浸透させるために腹部の一部を切開、
もしくは注射器で固定液を直接、腹部へ注入してから浸漬するのが望ましいとされる。

しかし筆者は液浸標本の作成経験と、ホルマリンの取り扱い経験がない。
また腹部に穴を空けるというのも外観的に許せなかった。
そのため固定液には比較的扱いの容易な無水エタノールを用い、
腹部を切開するかわりに、口および総排泄腔から消化管内へ固定液を直接流し込んだ。
この方法でどの程度標本が長持ちするのか検証を試みた。

ちなみに本種はヤマハブ属に属するヘビで、ハブの仲間とは別物である。
ハブ属と比べて短い全長、短い攻撃射程、細くて小さい毒牙。
個人的見解だが、ハブ属と同一視して駆除するほどの危険性はないと考えている。

捕獲直後のヒメハブ

fig.01:捕獲直後
沖縄本島北部産
同一個体のため、以下の画像から産地表示は省きます。

3) 
道具・試薬

4.1) 
手順
絞め方

肉体的損傷と苦痛を軽減するため、冷凍庫内で凍死させた。
空き瓶の中へヒメハブを入れ、蓋をしっかり閉めて冷凍庫内に7時間ほど放置。
その後死亡したことを確認し、沖縄から自宅へクール便、割れ物扱いで郵送した。

4.2) 
解凍

死亡したヒメハブは、瓶内部でとぐろを巻いて凍っている状態だった。(fig.02)
しかしそのままでは瓶の口が小さく、死体を中から取り出しにくかった。
そのため、消毒用エタノールを150mlほど瓶内へ注ぎ、40度のお湯で湯銭し、
体を瓶から取り出せる程度の軟らかさになるまで解凍した。(fig.03)
正確な時間は計測していないが、15分程度で十分に軟化した。

冷凍したヒメハブ

fig.02:解凍前

ヒメハブの解凍処理

fig.03:解凍中

4.3) 
ほぐし

解凍後、瓶からヒメハブを取り出し、
後の処理のために硬直した体を軽く手でほぐした。(fig.04)

体をほぐして整形したヒメハブ

fig.04:解凍後

4.4) 
固定処理
(内臓)

固定液は購入時と廃液処理の手間、取扱いの難しさを考慮し、
10%ホルマリン水溶液ではなく、無水エタノール(99.5vol%)を用いた。

痛みやすい内臓を速やかに固定するために、口および総排泄腔の両側から、
ハンドソープの空ボトルを用いて無水エタノールを消化管内に、
腹部が明瞭に膨らむまで流し込んだ。(fig.05、06)

(fig.05、06はカメラ電池の関係上、固定開始から約7時間後に撮影したもの)

内臓にエタノールを流し込み固定する

fig.05:内臓の固定

無水エタノールで膨張したヒメハブの腹部

fig.06:膨張した腹部

4.5) 
固定処理
(全身)
整形処理

消化管に固定液を充填した後、密閉容器にヒメハブを入れ、全身を無水エタノールに漬け込んだ。
この際、完成後の体勢をイメージして体の向きを矯正した。(fig.07)

固定処理は冷蔵庫内で16日間継続し、固定液は無水エタノールを1,000ml用いた。(fig.08)
ただし固定開始から7日目に、固定液1,000mlのうち500mlを新しいものに取り換えた。
また、体から滲出した水分で部分的にではあるが固定液が薄くなるので、
濃度が均一になるよう、1日毎に容器を揺り動かした。

整形処理をし、固定中のヒメハブ

fig.07:浸漬

冷蔵庫内で固定中のヒメハブ

fig.08:冷蔵庫内で保管

4.6) 
保存処理
ラベル作成

水分の浸出が少なくなった16日目で固定を終え、固定液から保存液への切り替えを行った。
保存液には消毒用エタノール(76.9〜81.4voL%)を1,300ml用いた。
また、溶液の切り替えと平行して、保存用のガラス容器へ移し変えた。

標本個体の採取年月日、採取地、採取者名、学名、和名を紙にシャープペンで記載。
ラベルを作成して保存瓶の中へ漬け込んだ。
この際、エタノールは両親媒性であることに注意して筆記具を選ぶこと。

5) 
結果

作成から60日が経過し、一部の体鱗剥離が認められた。(fig.09)
固定処理と保存処理は成功したようで、腐敗はみられない。
色素の脱色はあまり見られず、生前の色彩に近い状態に仕上がった。

ヒメハブの液浸標本(60日後)

fig.09:60日後
(撮影:

6) 
考察

体鱗が剥離した一番の要因は、素手での取り扱いが影響していると考えられる。

また、固定する際に腹部に穴を空けることを避け、直に消化管へ固定液を流し込んだ。
しかし特に腐敗はみられず、この方法は成功したといえる。
ただし、固定にはホルマリン水溶液ではなく無水エタノールを用いたため、
経年劣化が早く生じる可能性があると考えられる。

7) 
後書

一応、読んでいる方が再現しやすいようレポート風に記載したが、
全ての情報を鵜呑みにしないようご注意願いたい。
再度書くが、筆者が液浸標本を作製したのは今回が初めてである。

学術的な観点から考えるのであれば、筆者のように標本を素手で扱わず、
固定液や体に穴を空けることに対して妥協をしない方が良いだろう。

また、標本を作成する際には生き物を殺す過程があることを忘れないでほしい。
コレクション的な感覚で標本を作らないよう、十分に注意すべきである。
生き物が好きなのか、研究が好きなのか、それともコレクションが好きなのか。
これを読んで頂いた方には、それを改めてよく考え、標本の作成にあたってほしい。

8.1) 
経過観察
450日後

この標本を作成してから、およそ1年3ヶ月が経過した。
エタノールの防腐作用はホルマリンに比べて劣るとされている。
しかし今のところ風合いに変化は見られず、劣化はしていないように感じる。(fig.10)

ヒメハブの液浸標本(約450日後)

fig.10:約450日後
(撮影:

8.2) 
経過観察
1100日後

液浸標本の作成からおよそ3年が経過した。
この間は出来るだけ遮光して、常温(0〜30℃程度)で管理していた。
保存液は1年目の場合には半年に一回、2年目からは年一回、1000mlずつ交換した。

経時的な変化は脱色が少し進んだ程度で、腐敗は未だ起きていない。(fig.11)
また、1年目に若干見られた体鱗剥離については殆ど進行していないが、
これは素手で触れたり、車や船で輸送したり等の衝撃を与える要因が無かったためだろう。

素人なりに考えて行った固定方法で何処まで持つか心配であったが、
少なくとも3年程度では急激な劣化は生じないことが分かった。
ちなみに、保存液を1000ml/年のペースで交換した場合の年間維持コストは1500円程度である。

ヒメハブの液浸標本(約1100日後)

fig.11:約1100日後
(撮影:

8.3) 
経過観察
1830日後

液浸標本を作成してから、およそ5年の月日が経過した。
遮光、静置し、常温(0〜30℃程度)で管理していたのは以前と同じであるが、
2年の間、保存液の補充や交換は一切行っていない。

作成直後に比べて、抜ける色素が年々少なくなってきてはいるが、
無色透明だった保存液が僅かに茶色くなり、脱色が進行しているのが分かる。(fig.12)
それ以外の変化は特に見られず、安定しているようである。

ヒメハブの液浸標本(約1830日後)

fig.12:約1830日後
(撮影:

8.4) 
経過観察
2560日後

液浸標本を作成してから約7年の月日が経過した。
保管条件は特に変わらず、遮光、静置し、常温(0〜30℃程度)で管理していた。
2018年度の撮影後に保存液を全量交換して以来、約2年間その交換は行っていない。
また体鱗剥離が進行するか否かを判別するため、保存液を交換する際に、
剥がれた鱗を全て小瓶の中に集め、二重液浸の形で保管を開始した。

この2年間で脱色は少し進んだようだが、色見本を使わないと正確に判別できない程度の抜け方である。(fig.13)
また作製後1年目辺りに目立った体鱗剥離だが、それ以降ほぼ進行していない事が判明した。
保存液の交換頻度はだいぶ落としているが、依然として腐敗は見られず安定している。

ヒメハブの液浸標本(約2560日後)

fig.13:約2560日後
(撮影:

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