蛇覚書

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ツシママムシ

和名:ツシママムシ
学名:Gloydius tsushimaensis

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の茶褐色型

fig.01:標準的な色彩
長崎県対馬島産

毒性

有する。

全長

成蛇/40cm〜60cm
幼蛇/約20cm

分布

国内/長崎県対馬島
国外/無し

色彩・斑紋

地色は淡〜濃茶褐色で、黒化型の発生は確認されていない。(fig.01〜03)
胴体に円形の斑紋が、8の字を描くように並ぶ。fig.04、05)
腹板端部から体鱗の1〜2列目辺りにかけて、褐色の斑点が入る。fig.06)

眼から上顎後端に向かって、明瞭な茶褐色の斑紋が一直線に入る。fig.07)
虹彩は茶褐色で、瞳孔は縦長の楕円。(〃)

尾部の先端は淡赤色を帯びる。(fig.08_a、b)
腹側の地色は極めて薄い茶色で、茶褐色の小さな斑点が多数入る。(fig.09)
ただし、体背面が赤味を帯びる個体は、腹側の地色もやや赤い。(fig.10)

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の赤褐色型

fig.02:赤味のある個体
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の灰褐色型

fig.03:灰色がかった個体
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の8の字模様

fig.04:背面の8の字模様
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の円形の黒斑(拡大)

fig.05:円形の斑紋
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の黒点状の斑紋

fig.06:褐色の斑点
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の虹彩

fig.07:眼線と虹彩
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の尾部表側

fig.08_a:尾部背側
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の尾部裏側

fig.08_b:尾部腹側
長崎県対馬島産

茶褐色型のツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の腹面

fig.09:腹面
長崎県対馬島産

赤褐色型のツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の腹面

fig.10:地色が赤い腹面
長崎県対馬島産

色彩変異

ツシママムシの色彩型は大きく分ければ茶褐色型、赤褐色型、灰褐色型の3タイプであるが、
明確な線引きが出来ない微妙な色合いの個体や、全身が橙色を呈する個体も発生する。(fig.11、12)

橙色型(仮)は赤味が強いだけでなく、黒色素欠乏が起こるのが大きな特徴である。
したがって眼線や腹板の斑点等には、茶色や黒い発色が殆ど見られない。(fig.13、14)
全身の色彩こそ変わっているが、斑紋パターンは普通のツシママムシと全く同じである。

本種と近縁なニホンマムシでは、上記のような個体や赤褐色の個体を引っくるめて、
俗に「赤マムシ」と呼ぶが、対馬の人々が本種の赤い個体をその様に呼ぶかは定かではない。

また前述した三系統の色彩型や、微妙な色合いの個体がどの程度の割合で発生するかは不明だが、
少なくとも筆者が観察した限りでは、特定の色彩型に偏って出現する印象は全く受けなかった。

黒色素欠乏を起こしたツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の赤い個体

fig.11:橙色型の背面
長崎県対馬島産

橙色型のツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の腹面

fig.12:橙色型の腹面
長崎県対馬島産

橙色型のツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の眼線

fig.13:橙色型の眼線
長崎県対馬島産

橙色型のツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の腹面(拡大)

fig.14:腹板の斑紋
長崎県対馬島産

体鱗列数は、胴体の中央付近で21列。

体鱗の基部から先端にかけて、とても強いキールが見られる。(fig.15)
また体鱗の先端には、極めて不明瞭な一対の鱗孔が見られる。
(本種と近縁なニホンマムシの場合は、鱗孔が非常に明瞭。)
キールによって、体表面や手触りは非常にざらつく。(fig.16)

下顎の腹側は、皮膚が一部露出する。(fig.17)
肛板は一枚で、尾下板は対を成して並ぶ。(fig.18)

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の体鱗

fig.15:体鱗
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の体表面

fig.16:体表
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の下顎

fig.17:下顎
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の肛板と尾下板

fig.18:尾部
長崎県対馬島産

上顎前方の両側に一対の毒牙を持ち、眼と鼻の中間には外敵や獲物の体温を捉えるピットを備える。(fig.19)
毒液は黄色く透明で白い濁りを含んでおり、粘性は殆ど無い。(fig.20)

また毒牙の全長は4〜5mm程で、常に替えが利くようスペアが用意されている。(fig.21)
その内部は中空で注射針と同じ構造であり、先端の穴から毒液が出される。(fig.22)
先述したように毒液は粘性が無くサラサラしているため、
これを用いて咬み付いた場合、対象の体に一定量の毒液が瞬時に注入できる。
fig.21、22は、礫死体から採取した、上顎右側の毒牙と上顎骨の一部。写真横の一目盛は1mm。)

本種の毒が人間に対して与える影響について述べた臨床的な資料はネット上に殆ど無いが、
現地で聞き取りを行った限りでは、下記の通りニホンマムシ咬症と同じ様な症状が出るようである。

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の毒牙とピット(生体)

fig.19:ピットと毒牙
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)が分泌した毒液

fig.20:毒液
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の毒牙(標本)

fig.21:毒牙の大きさ
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の毒牙先端(標本)

fig.22:先端の開口部
長崎県対馬島産

生態

待ち伏せ索餌型で、主にネズミ類や両生類などの小型脊椎動物を食べる。
夜行性傾向があり、地表棲。樹上での活動例は見聞きしない。

攻撃や移動などの動作は、体型が太短い割りに素早い上、警戒心も強い。
外敵から逃げ切れない時はその場で姿勢を低くし、防衛態勢を整えつつ相手の様子を窺う。
この際には興奮のせいか、体鱗の間から皮膚が見える位まで体が膨らむ。(fig.23)
咬み付く動作を開始してから元の姿勢に戻るまでに掛かる時間は、およそ1/3秒である。(fig.24)

また本種を捕獲すると、独特で形容しがたい臭いのする防御臭を出す。
これは本種と近縁なニホンマムシのそれと極めて近く、酸っぱい感じはしないため不快さは強くない。

主な生息環境は、水辺近くのガレ場や石垣、森林や田んぼ等。
気温が高い夜間の場合は、路上にもよく出現する。(fig.25)
色彩型は大まかに三系統あるが、そのいずれもが保護色であると考えられる。
落ち葉や岩などの上では立体感が弱くなり、位置が判りにくくなる。(fig.26、27)

防衛態勢のツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)

fig.23:平たくなる
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)のキスシーン

fig.24Kiss
長崎県対馬島産

路上に現れたツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)

fig.25:路上にて
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)赤褐色型の保護色

fig.26:赤褐色型の保護色
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)灰褐色型の保護色

fig.27:灰褐色型の保護色
長崎県対馬島産

ツシママムシはマダニを殺す

筆者は対馬にある幾つかの集落でフィールディングを行ったのだが、
種を問わず大多数のヘビ達にタカサゴキララマダニ若虫(以下マダニ)の寄生が認めれらた。

その中でも、とある月に観察したツシママムシへ寄生したマダニ達には、不可解な現象が見られた。
ヘビの皮膚に口器を食い込ませたまま、殆ど未吸血の状態で乾燥し、死滅していたのである。(fig.28、29)

寄生したマダニが集団死する原因について、初めは農薬散布による影響を疑ったが、
それを撒かないであろう耕作放棄地や雑木林、山等で採取した本種にも同じ現象が起こっている点、
同所的に棲息するアオダイショウやアカマダラにはこの現象が全く見られなかった点、
飽血直前の膨らんだ状態で死んだマダニが本種に寄生していない点などが説明できない。

対馬産の他のヘビは、マダニによる寄生→吸血→飽血→脱落のサイクルが正常に行われる様だが、
本種に寄生したマダニは、口器からセメント様物質を出して皮膚に固着してから、
吸血して明瞭に体が膨らみだす前までの間に死亡するようである。(fig.30)
ツシママムシはマダニに吸血されない、何らかの生理的機能を有しているのではないかと思われるが、
筆者が知る限りにおいて類例は無く、この現象が起きる原因は一切不明である。

また、全く違った分類群の宿主と寄生生物間で起こる事なので参考になるかは未知数だが、
ヤマビルに吸血された哺乳類(ヒトも含む)が、吸血される回を重ねるごとに抗ヤマビル抗体を形成し、
その抗体を含んだ血液をヤマビルが吸うと死ぬ、という現象がある。(吉葉・石井 1992)
そうと決めてかかるには早計だが、両現象には類似点が複数あるので気になるところではある。
そして外部寄生虫を殺せるのであれば内部寄生虫への影響はどうなのか、という点も非常に気になるが・・・。

多数のタカサゴキララマダニ(Amblyomma testudinarium)若虫に刺されたツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)

fig.28:未吸血マダニを背負う
長崎県対馬島産

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)に殺されたと思われるタカサゴキララマダニ(Amblyomma testudinarium)若虫

fig.29:死んで足が砕けた個体
長崎県対馬島産

口器にツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)の肉片を付着させたタカサゴキララマダニ(Amblyomma testudinarium)若虫の標本

fig.30:口器に肉片が付いたマダニ(標本)
長崎県対馬島産

筆者より

対馬で野外活動を行う際に最も注意すべき生物は、断じてツシママムシではない。

筆者は2016年と2017年に同島で撮影を行ったのだが、
山や森などへ深く入っていないのにも関わらず、常軌を逸した数のマダニ類と遭遇した。
集落内にある水田付近の茂みや、轍が残る踝ほどの丈の草地など、
それほど特殊でない環境を5m程歩くと、靴にマダニがわらわらと付着するのである。
数匹なら可愛いものだが、片足に30〜40匹(幼虫、若虫、成虫の全発育ステージ)が付着するので、正直引いた。

筆者はヘビを探す関係上、様々な地域の草地や山林、あぜ道や獣道、
シカやイノシシがフィールドサインを残した場所等も幾度となく通っているが、
島の北から南までマダニ類に汚染された対馬のような地域は見たことが無い。

現地ではとにかく植物体に触れないようにし、地面に座り込まないよう注意。藪こぎは厳禁である。
マダニを避けていれば必然的に毒ヘビに遭遇するリスクも小さくなる。
・・・とは言っても、入る人は何を言っても入るだろうから、一番大切なのは腹を括る事であろう。

また、ツシママムシにとってはかなり邪魔になると思われる位置にマダニ類が寄生する例があった。
目の上のたんこぶ・・・ではなくピットの上のマダニと言うべきか。(fig.31)
fig:31のマダニは未採集だが、恐らくタカサゴキララマダニ若虫。)
なお、筆者はマダニ類についての知見に乏しい為、種同定にはH教授にご協力頂いた。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。

ツシママムシ(Gloydius tsushimaensis)のピットを塞ぐ様に寄生するタカサゴキララマダニ(Amblyomma testudinarium)若虫

fig.31:ピットを塞ぐ様に寄生する
長崎県対馬島産

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