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イイジマウミヘビ

和名:イイジマウミヘビ
学名:Emydocephalus ijimae

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の全身

fig.01:全身の色彩
沖縄県西表島産

毒性

詳細不明。

全長

成蛇/50cm〜90cm
幼蛇/約30cm

分布

国内/南西諸島の海域
国外/台湾、中国南部、フィリピン

色彩・斑紋

地色は淡黄色で、胴体には縁が波打った黒斑が並ぶ。(fig.01)
この黒斑は体背面から見ると、トタンのように波打って連結する事がある。(fig.02)
ただし体側面から観察すると、規則的に並ぶ横帯に見える。(fig.03)

頭部背面には淡黄色の斑紋が、歪な三日月を描くように入る。(fig.04)
眼球には淡〜濃茶褐色の強膜が発達し、虹彩は濃茶褐色で、瞳孔は真円。(fig.05)

腹面は淡黄色で、胴体の黒斑が腹側で繋がるため、ストライプ柄になる。(fig.06)
ただし腹面の黒斑も体背面と同じく変異し、正中線上でずれる事がある。(fig.07)
尾部は扁平でひれ状。胴体と同じ黒斑が入る。(fig.08)

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の体背面

fig.02:体背面の黒斑
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の体側面

fig.03:体側面の黒斑
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の頭部背面

fig.04:歪な三日月状の斑紋
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の虹彩と瞳孔

fig.05:眼球
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の腹面

fig.06:腹面
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の腹部黒斑のズレ

fig.07:黒斑のズレ
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の尾部

fig.08:尾部
沖縄県西表島産

体鱗列数は、胴体の中央付近で17列、もしくは19列。
体鱗には複数の小隆条があり、鱗孔は見られない。(fig.09)
一つ一つのキールが小さいため体表面は滑らかだが、手触りはブヨブヨとしている。(fig.10)

腹板はエラブウミヘビ属と同じくらい大きく発達し、海洋生活への適応で常時V字に折れる。(fig.11)
腹板と言うよりは体そのものが鋭角かつ扁平であるため、
仮に本種を海面や陸に引き上げたとしても、腹板が真っ平らになる事は無い。

吻端板の中央には突起があり、上唇板は二〜三枚、下唇板は三〜四枚あり、
第二上唇板と第二下唇板は唇全体を覆うように大きく発達し、硬くて厚みがある。(fig.12、13)
(吻端板の突起が雌にもあるかは不明。再調査後、追記予定。)
また左右の鼻板は大型化して隣接し、鼻間板が消失している。(fig.14)

左右の後咽頭板は隣接せず、咽喉部は鱗に覆われて皮膚が殆ど露出しない。(fig.15)
肛板は二分し、尾下板は一枚ずつ並ぶ。(fig.16)
総じて、海洋生活や偏食による鱗の特殊化が著しいヘビである。

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の体鱗(生体)

fig.09:体鱗
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の体表面(生体)

fig.10:体表
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の腹板

fig.11:腹板
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の吻端板

fig.12:吻端板
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の上唇板と下唇板

fig.13:上唇板と下唇板
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の大型化した鼻板

fig.14:大型化した鼻板
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の咽頭部

fig.15:咽喉部
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の肛板と尾下板

fig.16:肛板と尾下板
沖縄県西表島産

上顎前方に溝の入った一対の毒牙を持つ。
毒牙の全長は約1mmで、殆ど歯肉に埋もれるため、目視での観察は困難である。(fig.17)

本種の毒腺から生成される分泌液が、ヒトに対して及ぼす影響は不明。
ただし、少なくともマウスに対しては毒性が非常に弱い事が確認されており、
エラブウミヘビ乾燥毒は最小0.023mgの投与(大腿筋注)でマウスが死亡したのに対し、
本種の乾燥毒は6mg(毒腺四個分弱に相当)を投与しても、死亡個体は生じなかったという。(高橋1985)
マウスに対して特異的に作用しない物質なのか、はたまた毒性自体が全く無い物質なのか、
筆者が探した限りでは明確な記述のある文献は見つからなかった。
この分野には何でもかんでも飼育したがる病気の人が多いので、
ヒトに対するイイジマウミヘビ毒の作用は分からないままの方が本種にとって幸せな事だと思う。

また、本種を実質的な無毒ヘビとして紹介する書籍もあるが、
法的には特定動物に分類されるコブラ科の毒ヘビである。従って無許可での飼育は不可能。
もし気分が悪くなる程度の弱い毒であったとしても、海では少しの体調変化が命取りになるので、
咬まれるのは勿論のこと安易な捕獲も避けるべきである。

さらにウミヘビ類の識別難度は海水の色や透視度、視力や装備などによって大きく左右され、
筆者自身も近寄るまでは、致死的な毒を持つクロガシラウミヘビと本種の見分けはつかない。
観察する際はウミヘビ達を脅かさないよう距離を保ち、静かに行うように。

くどいようだが、本種には毒が有るのか無いのか判明していない。
マウスが死亡しない=ヒトに無害であると短絡的に考えて人体実験しないように。
仮に何らかの実害が一度でも出てしまえば、話題性で金やら視聴率やらアクセス数やらを稼ぐ輩に利用され、
人間による先制攻撃が前提条件となる馬鹿げた誤解が世間に広まる事は、火を見るよりも明らかである。

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の口腔内

fig.17:口腔
沖縄県西表島産

生態

遊泳索餌型の魚卵食性で、ハゼ類、イソギンポ類、スズメダイ類などの卵を食べる。
索餌は珊瑚の隙間を覗き込むように頭を突っ込み、尾を水面方向に立てて行う事が多い。(fig.18、19)
また固着した魚卵を剥がす為に上、下唇板の二枚目が大型化し、門歯状の前顎骨が発達して常に口からはみ出る。(fig.20)

昼行性傾向があり、完全な海洋棲。
台風や時化などで打ち上げられでもしない限り、陸に上がる事は無く、一生涯を海中で過ごす。

ただしウミヘビ類は魚と違ってエラを持たないため、定期的に海面へ浮上し肺呼吸を行う。(fig.21)
多くの陸棲ヘビ類や半陸棲のエラブウミヘビ属などは鼻孔が頭部側面に開口するが、
完全海洋棲である本種は鼻孔が頭部背面に開口し、水面での呼吸に適応している。(fig.22)
さらに、鼻孔には内側に開く半円形の蓋が付いており、海水の侵入を防ぐことが出来る。(〃)
また、本種の体鱗や腹板などには多数の毛細血管が走っている。(fig.23)
これはウミヘビ類が有する高い皮膚呼吸能力と、恐らく無関係ではない。

性質は温厚で人が危害を加えなければ咬み付かず、警戒心はかなり弱い。
中には無警戒で採餌する個体や、海底でのんびりと昼寝する個体も見られる。(fig.24)
海中で休む際は波で流されないように、珊瑚の下へ潜り込んだり、隙間に体を通して固定する。(〃)

主な生息環境は珊瑚礁域の浅海で、港ではあまり見かけない。
繁殖形態は胎生。一度に2〜4匹程度の子ヘビを海中で出産する。

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の索餌

fig.18:索餌の様子
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の尾立て

fig.19:尾を立てる
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の前顎骨

fig.20:前顎骨
沖縄県西表島産

海面へ浮上するイイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)

fig.21:浮上
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)とアオマダラウミヘビ(Laticauda colubrina)の鼻孔の比較

fig.22:鼻孔(右はアオマダラウミヘビ)
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の毛細血管

fig.23:毛細血管
沖縄県西表島産

お昼寝するイイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)

fig.24:お昼寝する個体
沖縄県西表島産

筆者より

筆者が本種を初めて観察した際の第一印象は、「このヘビ前歯出てる・・・!」である。
ヘビと言えば大多数の人は怖い動物というイメージがあるだろうが、まずは本種をよく見て欲しい。

蓋付きのデカい鼻の穴に、クリンとした大きな瞳を持ち、そのうえ出っ歯である。(fig.25、26)
泡の弾ける音がする珊瑚の森で魚卵を専食し、人が手出ししない限り咬む事もない彼らは、
TVや雑誌、ネット等で語られるステレオタイプのイメージとは違って見えるのではないだろうか?
念のため断っておくが、本種はこの様な見た目でも一応コブラの仲間である。

また、一部の個体は自身のウエストに対して過小評価を下す傾向があり、
遊泳中に珊瑚の隙間に腹がつかえて引っ掛かり、抜け出そうとモゾモゾしている時がある。(fig.27)
本種は外見、食性、行動の全てにおいてオッサン臭さが漂う、たいへん素敵なウミヘビである。

しっかり観察しない人々が貼り付けた「ヘビ=怖い」というレッテルに振り回される必要は無い。
また他人が怖がるから自分もそうしなくてはいけない、なんて決まりも存在しない。
今まで前述した考えを持っていた方も、そうでない方も、
本種をはじめとしたヘビ類に、少しでも興味や好感を持って頂けたら幸いである。

吸気するイイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の鼻孔

fig.25:吸気時の鼻孔
沖縄県西表島産

イイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)の頭部

fig.26:何とも言えない表情
沖縄県西表島産

珊瑚に腹がつかえるイイジマウミヘビ(Emydocephalus ijimae)

fig.27:モゾモゾする
沖縄県西表島産

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